来院される方

対象疾患と治療

脳機能温存・改善のための脳神経外科手術

覚醒下手術について

脳腫瘍の手術において大切な2つのことは,腫瘍をできるだけ多く摘出し生命予後を延ばすこと,そして,脳機能をできる限り温存し,術後の後遺症を出さないことです.つまり,私たちは,病変を摘出すると同時に,術後にその患者さん1人1人が,手術の後の人生をその人らしく,満足して生活できること(Quality of Life; QOL)を両立することが大切であると考えています.そのための手術の方法の一つに,覚醒下手術(かくせいかしゅじゅつ)があります.覚醒下手術とは,手術中に目を覚まし,脳の大切な機能がどこにあるかを調べ,それを損なわないように行う手術のことです.

 図1

覚醒下手術で調べることができる脳の機能には以下のようなものがあります.
・運動:手足を動かす,声を出す,物を飲み込む
・感覚:触覚,深部感覚,視覚
・言語:言葉を話す,理解する
・ワーキングメモリ(作業記憶):同時に複数のことを行う
・視空間認知:物を正確に見る
・記憶:見聞きしたことを覚える
・メンタライジング:人の感情を理解する,場の空気を読む
 
覚醒下手術を行うための入院から退院までの流れは以下のとおりです.
1.入院
2.術前評価(CT, MRI, ファンクショナルMRI,高次脳機能検査)
3.麻酔科受診
4.手術室にてシミュレーション
5.覚醒下手術
              1) 全身麻酔にて開頭(無剃毛)
              2)覚醒,脳機能マッピング,腫瘍摘出
              3)全身麻酔にて閉頭
6.術後評価(MRI,高次脳機能検査),必要に応じてリハビリテーション
7.自宅退院

手術後は腫瘍の種類や症状に応じて,追加の治療やリハビリテーションが必要になる場合もありますが,できる限り早期の社会復帰(手術前と同じ生活に戻ること)を目指します.また,手術は髪の毛を剃らない無剃毛手術を行い,美容上の問題も最小限に抑えるように心がけています.

覚醒下手術は,脳神経外科以外に,麻酔科,リハビリテーション部,臨床検査部,看護部を含む多くのスタッフが協力して行われる治療です.手術には,最新のニューロナビテーションシステム,電気刺激装置,マルチモニタリングシステム,蛍光ガイド顕微鏡などさまざまな先端的な医療機器を用いて行います.

図2

覚醒下手術が必要な理由とは?

人のみに存在する複雑な脳の機能,高次脳機能(言語,視空間認知,作業記憶,感情など)は,覚醒下手術によってのみ温存することができます.また,覚醒下手術は高い腫瘍摘出率と良好な術後の脳機能の両方を同時に期待できることが分かっています.それは,全身麻酔では画像上の病変しか摘出することができませんが,覚醒下手術では,病変の周りに脳機能が存在しなければ,病変の周りを大きく摘出することができるからです(下図).病変を大きく摘出した方が,再発しにくくなります.しかし,腫瘍の性質にもよりますが,脳機能を温存すれば腫瘍が残存してしまう可能性があり,その場合,将来再発する可能性が高くなります.私たちは患者さん一人一人の脳腫瘍の部位,術前の脳機能,生活環境,職業,ご希望など全てを考慮し,何の機能を温存するべきかを十分に考えて慎重に手術方針を決定します.

図3

手術中に目を覚ますとは?

手術の途中で,全身麻酔から局所麻酔に切り替えて目を覚まします.局所麻酔が効いているので,傷口の痛みは感じません.また,脳自体が痛みを感じることはありません.ほとんどの場合,通常と変わらないくらい意識ははっきりしています.ふつうに話をしたり,手を動かしたり,考えたりすることができます.

誰しも不安を感じるのは当然ですが,術後の患者さんからは,「ちょっと疲れたけど,思ったより大丈夫だった」「慣れたスタッフが近くにいてくれたのでこわくなかった」「頭の手術をしてこんなに早く家に帰れるとは思わなかった」という感想をいただいております.私たちは患者さんとの信頼関係を築くことを最も大切に考え,安全かつ安心できる医療を提供できるよう心がけています.

覚醒下手術の適応とは?

覚醒下手術は,主に脳腫瘍に対して行われる手術ですが,年齢,腫瘍の種類,腫瘍の場所などにより,適応となる場合とそうでない場合があります.また,手術前に脳の機能が損なわれていないこと,覚醒下手術により脳機能が温存できると予測されること,なども条件になります.しかし,覚醒下手術が難しい場合でもあきらめるのではなく,全身麻酔下に電気生理検査を行い,必要最小限の機能温存をはかります.覚醒下手術の適応の有無については,医師にご相談ください.

臨床研究について

私たちは,脳機能の温存・改善を目的とした覚醒下手術の確立を目指すと共に,脳の機能局在,神経ネットワーク,脳機能が回復する仕組み(可塑性, かそせい)について,神経画像学,神経解剖学,電気生理学に基づき解明中です.これまでに,視空間認知,作業記憶,メンタライジングといったヒトの複雑な脳機能に関わる神経ネットワークについて,新たな知見を見いだし,当教室から報告してきました.また,現在は未解明である,脳機能が回復する仕組みを説明しうる脳の新たな構造を世界で初めて発見しました.これらの発見は,より安全な手術を確立できるよう次の手術にフィードバックされ,世界の同じ病気にかかっている方の治療にも大きく貢献することができます.私たちは患者さんの生活の質(Quality of Life; QOL)を重視した治療を行うために,手術症例毎に検討を重ね,技術の進歩をめざして最善をつくします.

図4